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【その人、スキあり!】演歌歌手・徳永ゆうきさん(21歳)< 前篇 >

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若者の「スキ」を応援するNIPPON YOUTH STUDIOが、いろんな「スキ」を持つ若者に実際に会って、その「スキ」を発信していく対談企画、「その人、スキあり!」。インタビュアーは毎度お馴染み、シンガーソングライターの井上苑子さん。
第8回目のゲストは、なんと18歳で演歌歌手としてデビューした、徳永ゆうきさん。
若者にとって、普段あまり触れる機会の少ない演歌の歌手としてデビューすることになったきっかけは?どうして演歌をスキになったの?

同じ「歌」をおシゴトにする井上さんが、その心を聞いちゃいました!

★前篇★ずっとそばには演歌があった

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井上:最初、演歌に目覚めたのはいつだったんですか?

徳永:演歌を歌い始めたのは小学校4年の時です。家族みんな演歌が大好きで、常に演歌が流れてる状態だったので、自然と僕も演歌を歌うようになりました。TVも演歌番組ばっかり見てたんですよ。

井上:へえー!小学校4年生の歌い始めの頃からプロを目指してらっしゃったんですか?

徳永:当時は趣味程度でした。最初は鉄道が大スキで、鉄道関係の仕事に就きたいな、と思っていました。高校生の時にNHKの「のど自慢」に出場して、その年のチャンピオン大会でグランドチャンピオンになったのがきっかけで、声をかけていただいてデビューしたんです。小さい時は歌手になりたいとも思ってもいなかったし…。

人生を変えた“のど自慢”

井上:演歌はずっと趣味だったんですね~。NHKのど自慢大会には自分から出たいって言ったんですか?

徳永:いえ、友達から「徳ちゃん、のど自慢あるから出ようや!」って誘われて(笑)。のど自慢大会って応募の数がすごいから一回断ったんですけど、結局一緒に応募して、一緒に予選会に行きました。歌った曲は別なんですけど。

井上:えっと、その友達は…?

徳永:予選で落ちましたね。

井上:あはははは(笑)。その時って、応募の数はどのくらいだったんですか?

徳永:だいたい1000以上って言ってましたかね。その中から予選会に呼ばれるのが250組、その中からお昼の生放送、本選に出られるのが20組ですね。

井上:えぇ?!その時のことって覚えてますか?

徳永:まさか受かると思ってなかったんで、「なんやこれ?」って半信半疑で、夢なんかドッキリなんか分からん感情で…。

井上:で、歌って…。

徳永:キンコンカンコンキンコンカンコンキンコンカーン♪と。「これ、誰がチャンピオンになるんやろ?」って思ってたら僕の名前が呼ばれて、「なんやこれ?」と。常に「なんやこれ?」の連続。それが2011年の7月でした。しばらく期間が空いて、その年の12月にNHKさんから「チャンピオン大会に出ていただけませんか?」って電話が来たんです。

井上:すごい…。

徳永:ずーっと「なんやこれ?」「なんやこれ?」ってなりながら、「出ます!」ってお返事しました。NHKホールに3000人のお客さんがいて、生演奏で、「あぁ、最初で最後やな」と。緊張してたんですけど、「楽しまなしゃあないで!」と思って歌って、大阪大会と一緒で「みんなうまいなぁ、誰がチャンピオンになるんやろ?」って見てました。

井上:「自分、ちょっとあるんちゃうかな?」とか思いませんでした?

徳永:最初はちょっと思ってたんですけど、リハーサルの時にみなさんの歌声を聞いて、「無理や…」ってなりました(笑)。だからチャンピオンで名前が呼ばれて、びっくりしましたねぇ……。

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井上:大阪本選で優勝してからチャンピオン大会まで、練習して過ごしてたんですか?

徳永:歌手デビューは一切考えてなかったんで、フツ―に、いつも通りに過ごしてました。

井上:グランドチャンピオンになられてから、プロを目指し始めたってことですか?

徳永:そうですね。歌うことも、たくさんのお客さんに拍手をもらうこともすごい気持ちよくて、「歌手っていう仕事もいいなぁ」と思い始めて。だいたいふた月くらいしてからレコード会社さんから話をいただいたんですけど、当時僕、高校2年生だったんです。高校は卒業したかったので、「卒業まで待ってくれませんか?」ってお願いして、卒業してから上京しました。

井上:そうなんですね。その時は鉄道のお仕事に就く夢はどうしたんですか…?

徳永:あきらめましたね!両方とも挑戦したかったです。でも、歌手って誰もがなれるわけじゃないじゃないからこそ、より挑戦したい気持ちがあって。両親は「お前が好きな方を選べばいいよ。」と言ってくれました。鉄道もスキなんですけど、歌手ってみなさんに感動を与えられる職なので、選びました。

井上:へぇ~!お友達はデビューしたことになにか言ってますか?

徳永:「まさか徳ちゃんが歌手になるとは思わなかった!」とはみんな言ってくれます。のど自慢誘ってくれた子も…。

井上:あっ!

徳永:ごはんに行ったり、家族ぐるみで応援してくれたりしてるので、決して仲悪くはなってないです!(笑)。

井上:ほっとしました(笑)。

映画、ラジオ…、おシゴトは挑戦の連続

井上:演歌以外にも、ラジオのパーソナリティや俳優としても活動してるんですよね?

徳永:ラジオは半年間やらせてもらいました。関西人でしゃべるんはスキなんですけど、毎週の話題やどういう話をしたらいいかに苦戦しながらでしたし、俳優業は、初心者なんでなにがなんだか分からなくて。山田洋次監督の『家族はつらいよ』って作品に出させていただいたんですけど、監督自ら身振り手振りで指導してくださって、ほんとに助かりました。

井上:演歌以外でここを見てくれ!っていうのはありますか?

徳永:いや、恥ずかしいからこそっと見てほしいです(笑)。映画の中に、原付に乗って歌うシーンがあるんですけど、実はそれ台本になかったんですよ。山田監督が、「徳永くん、『男はつらいよ』歌える?」って本番の時に聞いてきて…(笑)。

井上:えぇー!

徳永:いろんなことが難しくて、いろんな緊張しました…。

井上:そうですよね、歌のことだけ考えていればいいわけじゃないですもんね。

徳永:そうなんですよ!もう歌も、演技も、セリフも、表情もあるし、難しさを体感しましたね…。

将来の進路で悩んだり、初めてのおシゴトに緊張したり、華やかなデビューの裏には等身大の若者の姿があったことを話してくれた徳永さん。
後篇では、あの特技も炸裂?!お見逃しなく!

後篇につづく

徳永ゆうき - 函館慕情

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徳永ゆうき(とくながゆうき)

~日本の孫~ 日本を勇気づける、演歌歌謡界期待の星。
1995年2月20日生まれ。大阪市此花区出身。
奄美大島出身の祖父と両親の影響で、幼少の頃から演歌歌謡曲一直線で育ち、「NHKのど自慢チャンピオン大会2012」でグランドチャンピオンを受賞。
2013年11月、BEGIN・比嘉栄昇氏が手がける「さよならは涙に」で全国デビュー。
2014年9月、2ndシングル「平成ドドンパ音頭」(THE BOOM・宮沢和史氏作詞・作曲)で「第56回 輝く!日本レコード大賞」新人賞受賞。
2015年4月、3rdシングル「夢さがしに行こう」、2016年3月、4thシングル「函館慕情」を発売!この曲は、「道南いさりび鉄道」応援ソングに起用され、徳永ゆうき自身も「特別応援隊員」として、「道南いさりび鉄道」を盛り上げる。日本を勇気づける、演歌歌謡界期待の星。
2016年4月30日に「奄美大島観光大使」に任命される。

趣味:鉄道撮影 / 特技:高速ゆびぱっちん・柔道(黒帯初段)、車掌モノマネ

■徳永ゆうき オフィシャルサイト
http://www.itoh-c.com/tokunaga/

Twitter:https://twitter.com/Toku220
ブログ:http://ameblo.jp/tokunaga-yuuki

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井上苑子(いのうえそのこ)

1997年生まれの現役女子高生シンガーソングライター。小学校6年生の時に路上ライブをはじめ、手売りCDを1万枚売って上京。
現役高校生ながらもCOUNTDOWN JAPAN 14/15や、ROCKIN JAPAN FESTIVAL 2015にも出演。 2015年7月にメジャーデビュー。動画配信サービス「ツイキャス」の視聴者数が半年で200万人を突破、そして1stミニアルバムのリード曲「大切な君へ」がLINE MUSICで250万回再生を超えるなど中高生を中心とした若い世代に支持が拡大中。
2016年3月に初のフルアルバム「Hello」、2016年6月には2ndシングル「ナツコイ」をリリース。まさに今注目のシンガーソングライター。

■井上苑子 公式サイト/インフォメーション
http://www.inoue-sonoko.com/
http://www.universal-music.co.jp/inoue-sonoko

Twitter: https://twitter.com/inouesonoko
Twitcas: http://twitcasting.tv/inouesonoko